新国立競技場問題の責任は誰にあるの?

新国立競技場問題がさらに拡大しています。

これに関してはホントにもうどうしようもないですね。反対もある中で旧国立競技場を取り壊し、新国立競技場の建設。しかしその建設費が高騰したことを国民に指摘されて白紙に。

先進国とは思えないドタバタ劇があったわけですが、この問題で着目したいのは「責任の所在」です。

個人的に計画を白紙に戻したことは非常に素晴らしいと思ったのですが、白紙に戻す云々までの問題については誰が悪かったのでしょうか。今回はこの辺りについて考えていきたいと思います。

責任の所在について

さて、責任の所在についてです。

責任について言及するのは個人的にはどうかと思うのですが、今回の問題はちょっと触れなければと思いました。というのも、全員が「自分に責任はない」と言っている気がします。

先に答えを言うと責任は”政治家”にあります。

当たり前のように聞こえるかもしれないですが、この問題は多くの人が関わっています。そして、そのすべてが責任逃れと受け取れる発言があります。

舛添要一東京都知事
「国の責任で、確実に間に合わしてほしい」

民主党の枝野幹事長
「この案については放置してきたのは、安倍内閣になってからだから自民党の責任」

遠藤五輪担当大臣
「建設については文部大臣が担っておられます」

下村博文文部科学大臣
「安藤氏がデザインを選ぶ責任者である」

国際デザインコンクールの安藤忠雄審査委員長
「私たちが任されたのはデザイン選定までのこと」

JSCの河野一郎理事長
「デザインをもとに建設計画を進めるよう指示されていた」

森喜朗組織委員会会長
「私は迷惑をしている。組織委員会には関係ない。やる資格も発言権もない」

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責任について

上記のように責任がはっきりしないですね。

さて、私は責任が政治家にあると言いました。

これは政党ではなく政治家という答えになりますね。というのも、現在はご存じのように自民党政権です。しかし、国立のデザインについては民主党政権時に決まっていました。安倍首相は新国立競技場のデザインについて「民主党政権時代に決まったこと」と述べました。

時代は流れて政権が自民党に移りました。

ここまで多額な建設費となってしまった原因は自民党にあるでしょう。なので、民主党に自民党、さらにはこの案を止められなかったすべての政治家に責任があるともいえますね。

安倍晋三首相は20日のフジテレビ番組で、2020年東京五輪・パラリンピックのメーン会場となる新国立競技場の建設計画を白紙撤回したことに関して「誰に責任があるとか、そもそも論を申し上げるつもりはない」と述べた。

その後に「世界の人々を感動させる大会にする責任は日本政府にある。最終的には私の責任だ」と強調しました。

首相は最終的に責任は自分にあると発言し、白紙に戻しました。

これは非常に立派な判断と言えるでしょう。

しかし、このドタバタ劇を決して忘れてほしくはないところ。今後どのようなプランで推し進めるのかという点が最大の焦点でしょうが、責任の所在はしっかりしてほしいです。

どこかで無理なプランを推し進めた人が確実にいるはずで、このまま責任が誰にあるのかわからないまま行くのは勘弁してほしいですね。国民にはそれを知る権利があるので是非とも責任の追及をしていただきたい。

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